一話 真偽都市国家 2
国境を越えると緩やかな丘が何処までも続いた。見渡すばかりの若草色の野草で埋め尽くされている。
国の外れだからなのか。ロジェはあたりを見渡す。
道筋こそ確保されているが、舗装工事一つ施されていない道路は凸凹ばかりで歩きにくい。
草原、と呼び名こそはいいものの一部の草は干乾び枯れ果て、荒野と化している。
またある一部では、草が縦横無尽に伸び茂ったため道筋が侵食している始末だ。
手が行き届いていない、と言う他に表現はない。この様はいかがなものだろうか。
「争っているって言っていたし…街外まで維持する余裕が無いのかな?」
同じことを思ったのかフィーリもまた風景に対して同様の感想を述べた。
それから幾ら進んでも景色は一向に変わる気配は無かった。辺りは相変わらず荒れ野原である。
変化があったとすれば木々の数が増え、段々と森に近いものになり始めているという事ぐらいか。
いつのまにか日は完全に昇っていた。
この国の気候なのか。太陽が懸命に光を降り注いでいても暑さはなく、また逆に寒くもない。
其の点に置いては実に快適であった。
外観と街までの距離を考えなければ、だが。
「あ!見て、ロー君!」
不意にフィーリが声をあげ、遥か彼方を指差した。ロジェは指に従い、その方角を見やる。
僅かに開けた森林から見えたのは淡い色合いをした巨大な門だった。奥に小さく建物群が見える。
察するに、どうやらあれが南の街の入り口のようだ。
国境に近いものがあるが、それよりも更に高い。門は街とその他の世界を区切る様に堂々とそびえ立っていた。
左右の扉に何か描かれているのか。遠目でも分かる程に色味が違う。
「綺麗だねー♪」
フィーリが素直な感想を言い、ロジェもそれに頷く。
この国に入国してからろくな景色を見ていなかったから、尚更美しいと感じるのかもしれない。
「ロー君、早く行こうっ♪」
街の存在を見つけた途端にぱっと顔を輝かせたフィーリは言葉と共に小高い丘を一気に下っていく。
よっぽど街で休みたいのか。それとも何か気になるものでも見つけたのか。
ロジェが制止を掛ける時には既に遅く。魔術師の姿は傍から離れ、遥か遠くに見えた。
「全く…」
何処までも勝手な奴である。
独り残されたロジェは首をもたげ、深い溜息をついた。
何か問題を起こされる前に捕まえなければ。
まるで子守をしているかの様な気分になりながら、ロジェはゆっくりと丘を下るのだった。
ロジェが門まで辿り着いた時、既にフィーリは門前で食い入るようにその装飾を見つめていた。
「フィーリ」
無言。
時折独り言のように漏れる呟きばかりで返事は無い。傍に寄るも同様。
目前の門に心を捕らわれ、見事なまでに没頭しているフィーリに呆れつつ、ロジェも門を見上げた。
確かに立派な装飾である。門は左右対称の色使いになっており、二人の人物が描かれている。
門の中心に顔を寄せるように画中の二人は相対し、優しく微笑み手を握っている。
女性は満足そうに。男性は悲しそうに。
絵画や装飾なんてものがさっぱり分からぬロジェでもこの絵が何を模しているかは分かる。
この世界の人間で分からぬ人は居ないだろう。どんな立場の人間でも恐らく一度は聞かされるはずだ。
世界の基軸。女神と魔王の悲愴な物語。
全てを望んだ女神。彼女に望まれたために生まれた魔王。果たして二人は幸せだったのだろうか。
ロジェは女神を崇める魔術の徒でも宗教論者でもない。
「物語を信じているか」と問われれば、真っ先に「信じていない」と答えるだろう。
けれどこういった女神と魔王の絵を見る度に思うのだ。彼らは本当に幸せだったのか、と。
…此処の解釈は自由であり、ロジェが思ったところで何になるわけでもないのだが。
横からは魔術の徒、フィーリの呟きが絶え間なく聞こえる。
「女神の瞳は月光石でしょー、それと掛けて対の魔王の瞳に黒水晶……。ん、これ、動く?」
「門なんだから、開閉で動くのは当然じゃないのか」
独り言に口を挿むとフィーリは心底驚いた表情で、ロジェを見た。
「わ、ロー君!何時から其処に居たの?」
「お前な…」
小さな溜息。矢張り気が付いていなかったか。
「それより聞いてよ!これさ、凄いんだよ!?あのね……」
フィーリの言葉は最後まで紡がれず、突如響いた轟音に掻き消された。大地が揺れる。天災か。
魔物か、と身構えるロジェは自然とフィーリを庇える位置に身を置き、剣の柄を掴む。
「下がっていろ」
「ん、でもその必要は無い…かな?」
楽しそうに微笑んだままこんこんと門を叩くフィーリ。一体何を意図しているのか。
眉を寄せたロジェだったが、直ぐに動き行く事態を理解した。
耳慣れない尖った金属音。そして鳴りやまぬ地響きと共にゆっくりと壁画は、巨大な門は開いていく。
ロジェは数歩下がり、その全貌を見上げた。
成程、開門の音だったのか。
「凄い!本当に魔力で動いてるっ♪どうやって動かしているんだろう!」
どうやら手動ではなく魔術で動いているらしい。魔動、と呼ぶのが正しいのだろうか。
「宝玉を要に術と呪が掛けられているのは判るんだけど…どうも複雑だなぁ。
パッと見た限りだと第五百三十二節フェリスの開花に七百八節テオの福音…どう考えても相反していると思わない?」
「知るか」
魔術を一切使えぬロジェに術式を尋ねられても答えられる訳がない。
尋ねた本人はと言うと聞きはしたものの、ロジェの返答は予想していたのだろう。
だよねぇ、と呟きながら先刻以上に目を輝かせながら動く扉にべったりと張り付いていた。
「でも、どう考えても矛盾しているんだよね…どうして相対している意味の術が……」
意味の分らず察することも出来ない単語にロジェは興味もない。唯一つ言える事といえば。
「……下がっていろ!」
ロジェはまるで猫を捕まえるかのように、フィーリの首根っこを掴んで無理やり引き寄せた。
「もー!そんな事しなくったって挟まったりはしないよ♪」
的外れな回答にロジェは簡潔に「違う」とだけ返す。ロジェが言いたいのはそんな事ではない。
「それ以外の可能性だってあるだろう」
「まぁ、ね♪」
ロジェは柄から手を離すことなく、淡々と。フィーリは微笑みを絶やすことなく、楽しそうに。
「ねぇ、ロー君。やっぱり変だよ、あれ」
ぽつりと小さな声でフィーリは呟いた。余程気になったのか、それとも本当に何かあるのか。
其処まで言われると気になるものもあるがロジェに確かめる術は無い。
ロジェがこの時点でこの街に対し感じたのは二つ。
門の向こうには一人二人ではない。群集と呼ぶほどの人が集っていること。
そして、その人間たちは共通の独特異質な気を放っていること。
二つとも門越しの気配から感じ取ることが出来た。
「街だからといって気を許すなよ」
自分達は旅人であり、この国は旅人に関する事柄で争っている。出来る事ならば立ち止まることはせず、早急に去りたいところだ。
「了解っ♪」
元気よく返事をしたフィーリも其の手に杖を持つ。心なしか其の顔には一層笑みが浮かんでいる。
徐々に開き、境目を消していく門。ロジェの察知した通り、門の向こう側には大勢の人々が集っていた。
一層身構えるロジェ。微笑むフィーリ。完全に門が開いた。相対した集団は二人に笑顔を向け。
「ようこそ、旅人さん!我が国へ!我が町、ルーズ・セルフへ!!」
ロジェの読みは間違ってはいなかった。独特異質と感じるまでの集団での歓迎の歓喜。
呆気にとられ呆然となったロジェとフィーリは互いに顔を見合わせ、同じ問いを投げた。
「「何が起こっている」の?」
← モドル →