謳えぬphontom 3


  「おじいちゃん、怪盗が来るって本当?」
  いつものようにフォセカは祖父の家を訪ねていた。
  「あぁ、本当さ。可愛いフォセカや」
  小さな孫がはしゃぐ姿を微笑ましく見ている初老の男。この白髪の老人こそがディルム=カミツレーである。
  彼は質素なアパートに大量の本と共に住んでいる。フォセカはこの古びた本の匂いが好きだった。
  「凄い!あの怪盗シザンサスが本当に来るのね!」
  フォセカは胸を躍らせる。まるで物語のようだった。本当は物語なのではないのか、そう錯覚させるほど。
  「あぁ、今晩来るそうだよ。御もてなしの準備をしないとだね。フォセカ、手伝ってくれるかい」
  「おじいちゃん、相手は怪盗さんなのよ!おじいちゃんの大切なものが盗まれちゃうわ!」
  全く緊張感もない祖父にフォセカは頬を膨らませる。
  「あぁ、そうだったねぇ」とのほほんと呟くディルム。ぎぃぎぃとロッキンキングチェアは音を立てて揺れる。
  「でも、一体……何を盗むつもりなのかしら…?」
  怪盗シザンサスはモノを盗まない。盗むものは誰にも分からない。
  予告状を持ちながら唸るフォセカをディルムはにこにこと見ていた。


  同刻。本日休業の札が下がった『天使の灯』では二人の男が厨房で何やら話し合っていた。
  一人はため息混じりに紙束で調理台を叩いた。
  「店の営業もあるのに、仕事やるから調べろなんて無茶言いやがって。どれだけ俺に迷惑かける気だ。少しは考えろ、このエセ怪盗が」
  ちっ、と舌打ちが響く。
  普段の営業スマイルは何所へやら。ヒラギの百八十度態度の変貌に驚く事なく、オーキッドは大げさに褒め称えた。
  「そう言いながら、きっちり仕事をこなす君は素晴らしいよ、ヒラギ君。流石は私のパートナーだけある!」
  情報源は何処なのか、それはオーキッドにも分からない。
  ただ、一つ彼が言えるのはヒラギの持ってくる情報にガセと言う言葉はない、と言う事だった。
  オーキッドのもう一つの仕事が巧くいくのもヒラギの助けがあってこそだ。
  だから半ば本気で讃えているのだが、ヒラギはそんなオーキッドの言葉にはっ、と笑うだけだった。
  「で、どうなんだい。ディルム氏について分かったかい?」
  「調べたからこそ、この紙束だ。今回は……大分訳ありだぜ?」
  調べる人はいつも訳ありだ。彼が動く影には訳が必ず潜んでいる。
  「これは……」
  渡された資料を読んでいたオーキッドはその内容に言葉を詰まらせた。
  「なかなか面白いだろ。どう動くよ。怪盗シザンサス」
  オーキッドの表情に面白がっているのか、くく、とヒラギは笑う。オーキッドが浮かべるは苦笑。
  「あぁ、確かに………想像以上だ。だがね、ヒラギ君。君は重要な事を見落としている」
  そういうと、資料で口元を隠し、今度は不思議に微笑んだ。


  「この私に出来ない事などないのだよ」






   モドル