謳えぬphontom 2


  以来、お姫様は暇さえあれば吟遊詩人の元へと通うようになりました。
  それは他愛のない話から外の世界の話まで。
  お姫様は多くの事を吟遊詩人から学び、想像を膨らましてゆきました。
  「此処に来る前はどういう生活をしていたのですか?」
  それはよく晴れた日のこと。澄んだ青空に鳥は鳴いています。
  横笛の接続部分に油を挿していた吟遊詩人は突然の質問に困ったようでした。
  「私ですか……。姫が想像している答えとは程遠い生活ですよ」
  「でも、知りたいの。駄目ですか?」
  身を乗り出して、訊ねるお姫様に苦笑しながら吟遊詩人は答えます。
  「物好きですね、貴女も」
  吟遊詩人は大抵どんな事でも教えてくれました。
  しかし、たった一つだけ、彼自身の事は絶対に語ろうとはしませんでした。
  お姫様がどんなに問いただしてもはぐらかし、すり抜けてゆくのです。
  語りたくない事を聞くのはいけないということぐらいお姫様は知っています。
  しかし、知っていてもどうしても知りたかったのです。
  吟遊詩人が何処で生まれ、どういう人生を送ってきたのか。
  彼が、何に喜び、何に泣いたのか。
  いつの間にか全てを知りたいと想う程の何かがお姫様の中には芽生えていました。
  勿論、それが叶わぬ事であると知っています。
  だから決してこの想いは口には出さない、とお姫様は決めました。
  日々、焦がれる想いに耐えましょう。生まれるのは僅かな幸せ。
  これ以上は願いません。
  だって……願わなければ、ずっと傍にいてくれるでしょう? 


  あぁ、残酷なモノ
  運命の女神は幸福ではなく、お姫様を絶望に落とす事を選んだ
 

  「吟遊詩人様なら今朝早くに遠方の国へと使いに出ましたわ」
  どんよりとした曇り空。その日、朝から吟遊詩人はいませんでした。
  ただそれだけだったのです。変わった事はただそれだけでした。
  早く帰ってこないかしら、と心待つお姫様。
  どんなお話を持って帰ってきてくれるのかしら。
  王様は憂いていました。王様には分かっていたのかもしれません。
  いつか、こんな日が来ることを。そして、其の時は訪れるのです。 

  届いたのは戦渦の知らせ。 

  見る見るうちに王国は炎に包まれまれていきました。
  泣き声。叫び声。吹き荒れる熱風。倒れる人。攻め込む軍隊。
  どうして……どうしてなの―――――。
  お姫様には何が起こっているか分かりませんでした。
  いや、分かってはいたのです。けれど思考は全てを否定し続けました。
  立ち込める煙。薄れ行く意識。お姫様は見てしまったのです。
  攻め入る敵軍、その甲冑の下を。褐色の肌に見たこともない文様。

  それはまるで……あの人のような――――――。
 

  後日、約束どおり物語を語りにきたフォセカは晴れない顔をしていた。
  物語を読む声のトーンも重い。当たり前か、童話にしては重すぎる。
  「これからお姫様、どうなっちゃうのかしら……」
  フォセカは不安げに呟いた。そんな彼女を慰めるかのように優しくカルミアは頭を撫でる。
  其の横で、オーキッドはじっと黙っていたが、やがて口を開いた。紡がれるのはいつもと変わらぬ陽気な台詞。
  「素晴らしい物語じゃないか。流石、文豪ディルムと言っても過言ではないね。
  これからどんな展開になるのか楽しみで仕方がない」
  其の言葉に暗い表情をしていた女二人がオーキッドを見つめる。
  一人は驚いたように、一人は窘める様僅かに眉を吊り上げて。
  オーキッドはそんな視線を物ともせず、ウィンクを二人に返した。
  「いいかい、レディ諸君。どんな物語にも、必ず最後はハッピーエンドで終わるものなのだよ!
  どんなに暗くてもどんでん返しはおきるものなのだからね」
  堂々と言い切ったオーキッドにフォセカは訊ね迫る。
  「例えば?どんなどんでん返しがあるの!!」
  「っと、そうだな……」
  オーキッドはにやり、と笑った。
  「怪盗が全てを盗みに参上する、とかかな」 


  次の日、ディルム=カミツレーの家にそれは届けられた。
  一冊のまっさらな本と共に、物語のような時への招待状。



  拝啓 ディルム=カミツレー様

  今晩、『貴方にソウゾウされし最期』を頂に窺います

  怪盗シザンサス





   モドル