堕ちた王国で、僕は 2


 真教の連中は、太陽人神を我が物にしようと謀略を練っていた。
  太陽王国民は、新たな若き英雄王に良い治世を求め訴えていた。
  月公国大公は、「平和のため」と綺麗事を並べ婚姻を成し遂げた。
  一体、誰が微笑んでいたのか。




  歓迎された扉の向こう側。そこでアルフォンスは凄惨な光景を見た。
  真っ白で神々しい本来の謁見の間の姿はもう跡形も残っていなかった。
  真っ赤で真っ黒な部屋。そう表現するのが正しい。
  王座へと続く絨毯は赤黒く変色し、零れた体液は理解不能な文字を描くように飛散していた。
  家臣だった者達は無残に転がり果てていた。
  在るモノは腕がなかった。在るモノは腰から下が消えていた。
  その太刀筋に容赦や情けはない。
  驚愕の表情を浮かべたまま、少女の頭は緋色の涙を流して。
  兜が砕け、素顔が露わになった獅子の武人は晒したことのない素顔に哀れみを浮かべ。
  剣に手を伸ばすようにして、うつ伏せている女性の腹部には血塗れた金色の星剣刺さっていて。
  アルフォンスが見知っているモノも、そうでないモノも。
  部屋の中では全て等しく屍だった。
  唯一、彼を除いては。
  彼は一人、その骸の中に立っていた。白かったと思われる王の装束は紅く染め上げられている。
  艶やかな金色の髪は何処から降り注ぐ光を反射していた。
  フェルラート。彼は俯いていた。
  「……フェルラート」
  アルフォンスは声を掛ける。自分の声が震えているのが分かった。
  目の前にいるのは弟であるはずなのに、弟でないかもしれない。
  果たして、彼は僕が望んだ弟なのだろうか。
  声に反応したフェルラートはぴくりと身体を震わせて、ゆっくりと顔を上げた。 
  「おかえりなさい、兄さん!」
  顔半分を血色に染めて、フェルラートは笑顔だった。
  ぱっと、まるで花が咲いたような、曇りひとつない笑顔が彼の顔に広がっていた。
  ぱたぱたと、アルフォンスの元へと駆け寄る。ぐしゃぐしゃと、屍を踏みつぶして。
  「ただいま…、フェルラート」
  ぎゅっと兄の体に抱きついてきたフェルラートはきらきらと濁った瞳のままアルフォンスを見上げた。
  「聞いてください!今日初めてルザ先生に剣術で褒められたんです!!」
  ルザはもう王国にいない。彼が出ていったのはアルフォンスが国を出ていってすぐだったはずだ。
  記憶が逆行しているのか。それとも。
  「このまま修業を積めば、父上よりも兄さんよりも強くなれるとルザ先生が仰って下さったのです!」
  だから、とフェルラートは濡れた顔で無邪気に笑った。
  「兄さんを待っている間にたくさん練習したんです!ほらっ!」
  示すように両手を広げた。積み重なった人だったモノ。
  人を殺すことを練習だと。
  「…兄さん?」
  絶句しているアルフォンスを覗き込むようにフェルラートは見上げた。
  「……いつもみたいに褒めてはくれないのですか?いつもみたいに頭を撫でてはくれないのですか?」
  フェルラートがアルフォンスを掴む手の力が強くなる。まるで縋る様にぎゅっと掴んだまま。
  「兄さん“も”僕を見てくださらないのですか…?」
  「僕はずっとフェルラートを見ていたよ。素直で心優しい僕の弟。彼らも皆、フェルラートの行動に注目していただろう。
  ……それなのに何故、こんな事態になってしまったんだい」
  諭すように尋ねたアルフォンスにフェルラートは心底不思議そうに問い返してきた。
  「…僕を見ていた?…そんなの。みんな、みんな嘘なんですよ、兄さんなら…分かるでしょう?」
  吐き捨てるように呟いたフェルラートは怒りを堪えているかのように。
  「誰も僕を見てくれてはいませんでした。真教も、国民も、月大公も……!
  僕の背後にある“何か”だけがいつも必要で。
  それを手に入れるためには僕の力が必要で…僕は、僕は彼らのモノじゃない…!」
  笑っている。いや、フェルラートは泣いていた。
  流れ落ちる涙は紅い滴となりぽたぽたと床へ落ちてゆく。
  「兄さんはずっと僕だけを見ていてくれた。ずっと僕だけを助けてくれた。僕だけを、僕だけを……」
  「……フェルラート」
  「僕だけを愛してくれた。だから、僕は兄さんだけのモノだ。他の誰にも、思う様になんてさせない」
  混濁とした瞳からは想像がつかないほど、はっきりとした意志だった。
  「だから…殺したのかい?」
  はい、と静かに呟いたフェルラートは微笑んでアルフォンスを抱きしめた。
  「兄さん…愛しています。僕は兄さんさえいれば他は要りません」
  それはフェルラートにとって切実なものだったのかもしれない。
  「だから」
  過去に太陽人神をも呼び出した人王の願い。
 

  「僕を縛る太陽王国なんて、無くなってしまえばいい」


  壊れる瞬間は築かれる時間に比べれば一瞬である。
  人王、フェルラートの一言が引き金となり。

  太陽王国は滅亡した。



  兄の腕の中、フェルラートはすやすやと寝息を立てて眠っている。
  アルフォンスはそんなフェルラートの髪を慈しむように撫でていた。
  二人だけの幸せな時間。
  あの日、太陽王国の崩壊と共に、人王という存在も消えた。
  フェルラートは完全に壊れた。
  太陽人神を再び降臨させた代価なのか。そうなる事もフェルラートの望みであったのか。
  原因の真意は分からない。
  フェルラートは全てを忘却してしまったのだから。言葉も、存在も、為したことも。現状も。
  たった一つを除いて全て。
  たった一つ、兄という存在。アルフォンスへの狂愛的依存だけが今のフェルラートの全てである。
  それは精神的という意味でも、肉体的という意味でも何一つ本質は変わっていなかった。
  いや、理性がなくなった分、より大胆に欲望を露わにするようになったか。
  「可愛いね、フェルラート」
  アルフォンスは弟の髪を梳きながら一人呟く。フェルラートの首筋に咲く華は紅い。
  「本当に可愛い。そして本当に………馬鹿な弟だよ」
  うっとりとアルフォンスは言った。
  「……違うね、本当の馬鹿はもっといっぱいいる。知っているかい、フェルラート」
  フェルラートを抱き直したアルフォンスは、子守唄を謳う様にゆっくりと語りはじめた。
  それは事の発端、崩壊へと繋がる真相。

  「まず、馬鹿な真教の連中。彼等は策略を練った結果、かつて邪険にしたもう一人の皇子に計画を頼りに来たんだ」
  ある時、真教の神官たちは一つの仮説を立てた。
  “神に選ばれた二人の皇子が願う事で太陽人神を再臨させる事が出来るのではないか”
  終戦から三年。あの時以来音沙汰もない神に真教は焦れていたのかもしれない。
  実証するためにアルフォンスを無理矢理に呼び出し、ただ一言こう告げた。
  願う事は何でもいい。人王に悟られない様に実行してくれ、と。
  恐らく降臨した所を魔術か何かで捕えるつもりだったのだろう。
  神を相手にそんな人類の小細工など効くはずもないだろうに。  

  「次に、馬鹿な国民。彼等は自らに対して良い治世を求めるばかりで、王に対する重圧などこれっぽっちも考えていなかったんだよ」
  『太陽人神再臨計画』と名付けられたその計画は何処からか漏れ、民の間の噂となった。
  世界を救った神が再び舞い降りるならば自らの生活を楽にしてもらおうと、皆が不平不満を漏らした。
  少しでも多くの不満を漏らせば、王が解決してくれると信じていたからだ。
  平和が一番であるはずなのに、平和は時にその感覚すらも鈍らせてしまう。 

 「そして、馬鹿な王妃。彼女はね、壊れやすい政より、平和な世界の維持を何よりも大切と求めてしまっていたんだ」
  『太陽人神再臨計画』の噂を知らない人王は爆発的に増えた民の不平不満を必死に解決していた。
  彼はもう世間知らずの皇子ではなかった。人王としての責と誇りを持っていたのだ。
  そこに、『太陽人神再臨計画』の噂を知った王妃がやって来て世界の平和を願ってほしいと言い寄った。
  彼女は太陽王国以外に月公国も愛していたからだ。
  しかし、人王からしてみれば王妃の発言はおかしなものである。月公国は世界の中でも大国だ。
  下手に手を出せば王妃の国とはいえ、一種の征服、侵略と同じになってしまうのではないか。
  人王は王妃に訳を問うた。王妃は素直に見聞きした事を話した。
  こうして人王は自らにひた隠しに進められていた『太陽人神再臨計画』を知ってしまうこととなった。
  フェルラートとアルフォンスを神供としか見ていない計画。
  架空と言ってもおかしくない神にのみ縋る人々。
  信じていた王妃も絶対的不確定な幸せが其処にあると信じて神を選んだ。
  人王はその全てに絶望し………、乱心した。 

  これが、太陽王国滅亡へと至る経緯の全貌である。

  「みんな馬鹿だよ、フェルラート。そして…僕もその馬鹿の一人だ。弟ひとりを手に入れるために、こんなにも遠まわりしていたんだから」
  アルフォンスは真教の頼みを素直に聞き入れ、計画を聞き出し、国民に虚偽を混ぜた計画を広めた。
  更に、城下の噂と称して王宮でも同様の、更に話の大きくなった噂を広める。
  大臣や参謀は政で忙しいフェルラートの耳に更に厄介なものを入れぬようにと皆黙っていた。
  しかし、噂話は止まることを知らない。王宮の、しかも国王関わる噂とあっては黙ってはいられない。
  こうして原型を留めなくなった噂を王妃は耳にし、彼女はフェルラートに真偽を問い詰めるだろう。
  噂の内容にフェルラートは多少なり落ち込む。そうすればアルフォンスを必然的に求めるだろう。
  これがアルフォンスのもくろみの一片だった。弟を手に入れるための計画の序章に過ぎなかったのだ。
  しかし、自体は予想以上に大きくなり、多くの人を殺し、国を一つ潰す事となる。
  嬉しい誤算だった。
  愛しい弟が狂気に堕ち、兄だけを愛し求めている。
  アルフォンスの望みは叶った。フェルラートさえいれば、アルフォンスは何も望むことはない。
  だから、祈った。
  弟を縛る太陽王国は滅びてしまえ、と。
  「これで僕たちは永遠に二人で暮らせる。もう邪魔者は誰もいないからね」
  二人以外誰もいない歪んだ王国で、アルフォンスは愛を囁く。
  「愛しているよ、フェルラート」
  抱きしめた腕がきつくやさしくフェルラートを締め付けた。
  指がフェルラートの肌にぎちぎちと食い込む。
  アルフォンスの笑顔の仮面が、乾いた音を立てて落ちていった。
  「今までも、これからも。フェルラートだけを僕はずっと、永遠に、愛し続ける」
  ずり落ちた目隠し。露わになったフェルラートの瞳にアルフォンスは気付かない。
  「愛しているよ、フェルラート。愛してる、僕の弟。愛してる、愛してる、愛してるんだ……!」
  アルフォンスの爪がフェルラートの肌を裂き破り、フェルラートの純白の肌を紅に穢していく。
  兄の狂愛を一身に受けて、フェルラートは微笑んでいた。
  兄に狂った弟と弟に狂った兄。
  お互いに依存し、お互いを壊した兄弟は、お互いの腕に抱かれながら。
  翡翠色の、混濁としたガラス玉が、狂喜に彩られた瞳が、恍惚と言った。 



  「『あぁ、これでやっと僕だけのモノだ』」



  Fin.


  ある好きなアーティストの曲に感化されて書き始めた アルフォンス×フェルラート です。
  私の中で『フェルラート』はとても精神面が脆いイメージがあります。だからといって兄である『アルフォンス』が強いというわけでもなく。
  脆さを補うためもあってか、無意識あるいは意識的に狂的な執着をみせるモノがお互いに兄弟であるといいな、なんて思って書いていました。





   モドル