魔法王国『滅亡』より第一楽章 裏切りと思い 6


  それは魔法王国の一室。よく晴れた午後の事。
  この日、聖騎士達の間にマルジュークは緊張しながら向かっていた。
  下級兵達はよほどのことがないと入ることが出来ない上層階。他の兵同様、彼女には無縁の場である。
  マルジュークは早足で向かいながらも、ただただ呼ばれた理由を考えていた。
  何故呼ばれたのだろうか。どれだけ頭を捻っても思い当たる節も理由もなかった。
  上官にただ一言「お呼びが掛かっている」と言われただけ。それだけなのだ。
  もしかして…兵士を辞めろと言われるのだろうか。嫌な通告を想像してマルジュークは体を震わせる。
  それだけは嫌だ。
  廊下の突き当たりにある部屋は一番新しい聖騎士の部屋だった。彼は今、兵士達の間でも噂になっている。
  デュランダル様。
  そう呼ばれるのは白髪に似た銀の髪の聖騎士だ。
  見目麗しく、剣の腕も魔術の腕も一流ということで女兵士の中では隠れファンクラブが作られる程である。
  扉の前で一息深呼吸したマルジュークは扉をノックし、開いた。
  「失礼します」
  がちゃりと、小気味いい音が響く。午後の日差しが差し込む部屋の中、二人の男が立っていた。
  一人は聖騎士、デュランダル様。もう一人はマルジュークと同じ一般兵の服を着ていた。
  いや、少しだけデザインが違う。何処の部隊の人だろうか。
  「待っていましたよ。貴女がマルジュークさんですね」
  巷で噂の人にやんわりと微笑まれながら話しかけられた事にドギマギしながらマルジュークは答える。
  「は、はい。騎士部隊のマルジュークです」
  そんな彼女の様子にくすり、とデュランダルは微笑んだ。横の男は冷静な顔のままにこりともしない。
  「さて、単刀直入に言いましょう。マルジュークさん、私の部下になりませんか?」
  何を言われたのか分からずにぽかんとするマルジュークに気が付かないまま、デュランダルは話し続ける。
  「私は『陰』と『陽』の力を操る術に長けています。ですが、私以外に使える人というのがいないのです。
  しかし、私一人が独占してしまうのは些か惜しい。魔術に富んだ魔法王国ならば使い手がいるでしょう」
  「それが……私ですか?」
  驚きより驚愕。いや、それ以上。
  「貴女は『陽』の気を纏っている。自分自身では分からないかもですが誰よりもその気は濃い」
  そう言ってデュランダルは手を差し出す。それはまるで舞踏会で姫を誘う皇子のように。
  空よりも海よりも透き通った瞳で真っ直ぐとマルジュークを見つめて、ゆっくりと言葉は紡がれた。
  「魔法王国を私と共に護りませんか」


  帰り道。
  「そういえば、まだ貴方の名を教えてもらってないな」
  自らの相棒となると言われた『陰』使いの青年はずっと黙ったままである。
  マルジュークは歩く足を止め、手を差し伸べた。それはデュランダルの動作とは違う、信頼を求める手。
  「私はマルジューク。仲間たちからはマル、と呼ばれている」
  青年は僅かに眉を上げて目を見開いた後、マルジュークの手を握り返した。立派な剣士の手。
  「……ウルグラントだ。これからよろしく。……マルジューク」
  呼びにくそうに小さく名を呟いたウルグラントにマルジュークは笑う。
  「マルでいいさ。こちらこそよろしく、ウルグ」
  「……ウルグって俺の事か」
  一拍置いた後に訊ねたウルグラントにマルジュークは頷く。
  「嫌だったか?」
  「いいや」
  初めてウルグラントは笑みを見せた。すぐに表情を戻してしまったがその笑みをマルジュークは忘れない。
  まるで太陽の様な笑顔が広がっていた事を。


  マルジューク。


  知った声に。大切な人の声に呼ばれた気がした。
  そうだ、戻らなければ。
  世界は暗転する。まっくらで、まっしろ。まっしろで、まっくら。


  目を覚ました。マルジュークは此処が何処だか分からなかった。濃い血の匂いがする。
  自分は何処にいるのだろうかときょろきょろと辺りを見回す。濃い血の色が見えた。
  そうだ、戦場だ。自分は今戦場にいる。しかし戦場にしては静かだった。
  立ち上がろうとして気が付く。渇いた赤黒い跡がべったりと付いている。マルジュークは怪我をしていた。
  誰と戦ったのだろう。相手はどうなったのだろう。
  ふらふらと立ち上がったマルジュークは自分の槍が遠くに飛んでしまっているのを見つけた。
  武器を落とすとは、かなり激しい戦いだったらしい。
  取りに行かねば。そして探さなければ。
  ウルグラント。
  彼女にとってたった一人の大切な相棒。彼に言わなくては「悪かった」って。
  ……どうして、謝る?
  「何で……私は……」
  立ち止まった足がぴちゃっと水を跳ねた。雨は降っていないのに何故水溜りなんて。
  足元を見る。水溜りは紅かった。水源から未だ流れ続ける水を無意識に視線は辿っていく。
  だらりとした腕、千切れたマント、壊れた鎧。何の悪戯か。力なく首が傾いた。見たくなかった。
  だって、それは。
  マルジュークの中で壊れた記憶がつながり、世界が色を取り戻してゆく。
  全てのピースが当て嵌まった時、マルジュークは全てを理解した。
  叫んだ。

 「ウルグラントっ!!」



  王宮の中、やはり積みあがりそうな屍の上で男は髪を掻き揚げ微笑む。
  そして、呟く一つの戯言。
  「光と闇はようやく結ばれましたとさ。ふふ、めでたし。めでたし」




  Fin.


  alteilで初めて史実風に書いたモノです。blogのから一部加筆・修正しました。
  書いた中ではお気に入りの部類。ウルグラントとマルジュークの物語は…どう捉えても悲しいものにしかなりません(ノ_・。)
  同僚であり、一人生き残ってしまった、魔道戦士『リュウ』の物語もいつか書いてみたいのですが…いつになるかなぁ





   モドル